数学通信第17巻第1号(2012), 124ページに載った編集委員会への手紙です。

Translation in English

編集委員会への手紙

数学学術雑誌の将来とエルゼビア・ボイコット運動

こ の編集委員会への手紙は、今年2012年に入ってからのエルゼビア・ボイコット運動にかかわっている個人として、数学会員の皆様に現状をお伝えすること、 およびこの運動が新しい段階に入ったと思われるときには、「数学通信」にも記事の掲載の考慮をお願いすることを目的としています。

数学雑誌の購入の形態は、それぞれの研究教育機関で異なっています。私が所属している大学においては大学として他の分野と一緒に購入している部分が多く現在のところ数学者の中だけで議論されていることが最終的に意味を持ってくるかどうかは不明です。

しかし、この運動から何らかの形で皆様に影響が出てくることも考えられますので、この運動には関心を持っていただきたいと思います。

2012年4月末、
The Cost of Knowledge
http://thecostofknowledge.com/
には、1万人を超える署名が集まっています。
私自身は、インターネット上で、The Cost of Knowledgeについての情報を得て、1月31日か2月1日に
The Cost of Knowledgeに、名前を載せました。エルゼビアに出版しない、レフェリーしない、エディターは引き受けないというものです。もともと Elsevier等の数学雑誌についての契約料金の高騰という問題は、大学の中でも問題になり、数学会の理事会等でも話題になり、コンソーシアムを作れる かというような議論がありました。日本数学会理事会声明「数学研究における雑誌の重要性について」にもありますように、数学は特に学術雑誌の購入、保管が 必要とされる研究分野ですが、雑誌価格の高騰に伴い、多くの数学教室で契約の更新を諦めざるを得なくなったということも聞いていましたので、自分が個人と してできる数少ない抗議行動ということで名前を載せました。エディターは頼まれていないので問題なく、自分の論文を載せないのは自分の意志ですから問題な いのですが、レフェリーを頼まれても拒否すべきかどうかは少し迷いましたが、必要なときには直接著者に説明できることと考えました。

その後、このボイコット運動の趣旨をはっきりさせる文書に署名しないかというメールが来て、それにサインしました。その文書は、
http://gowers.files.wordpress.com/2012/02/elsevierstatementfinal.pdf
に載っています。

趣 旨を述べさせてもらうと、数学の学術雑誌は、数学の研究成果の普及のために出版されてきましたが、その出版に至る編集、査読は、ほとんどが数学者の奉仕に 依っています。もちろん専門家として仕事の一部と考えらますが、そうして出来上がった雑誌は、科学教育研究機関の図書館に買い上げられ、次の数学研究の信 頼できる資料となっています。このような学術雑誌の出版は、社会の利益を第一に考える出版社(出版組織)に担ってほしいものですが、エルゼビアの商売のや り方は、出版社を買いとることでの独占化、価格の不透明性、セット販売、値上げのスピード、ピアレビューを軽視、学術倫理の低さなどで許せないものがあ る。そのために、ボイコットに参加を求めるというものです。
より具体的なデータなどを含め、ご一読いただければ幸いです。
また、この運動の発端となったGower氏のブログ"Elsevier - my part in its downfall"
http://gowers.wordpress.com/2012/01/21/elsevier-my-part-in-its-downfall/
もご一読いただくとよいかと思います。

こ の文書の署名者にはフィールズ賞受賞者もいますし、もちろん個人としての署名と断っていますが、国際数学連合の会長もいます。この動きは「学術の春」とも 呼ばれ、新聞、学術雑誌等に報道されています。これまでのいきさつについて及び報道された様子、エルゼビア側の対応など、多くの情報がウェブページ
http://michaelnielsen.org/polymath1/index.php?title=Journal_publishing_reform
にまとめられています。
AMSのNotices2012年6/7月号にDouglas N. ArnoldとHenry Cohn氏による"Mathematicians take a stand"という記事が載る予定です。この文書はすでに
http://arxiv.org/abs/1204.1351v1
で見ることができます。

趣 旨に賛同でき、周りの状況にも問題が起きないという方には、支持をお願いしたいと思います。実際には、署名した人たちの間で、かつてエルゼビアにあった Topologyという学術雑誌の編集者たちがJournal of Topologyを作った経緯と現在、エルゼビアと編集者との協議の情報、学術雑誌論文のウェブ上での公開、将来の数学雑誌の出版のあり方、など様々な議 論が続いています。

この運動の結果、エルゼビアがアメリカの研究著作法案への支持を撤回したという成果はありますが、雑誌の価格の問題、抱き合わせ販売の問題がどのようになるかいまだにわかりません。
この問題について関心を持ち続けていただければ幸いです。

東大数理 坪井 俊