数理News 2006-2

東京大学大学院数理科学研究科     2007年3月 5日発行

編集: 広報委員会

数理ニュースへの投稿先: surinews@faculty.ms.u-tokyo.ac.jp

数理ニュースホームページ: http://faculty.ms.u-tokyo.ac.jp/~surinews/

目次


   

数理科学研究科の発足前後

          副 研 究 科 長   大島 利雄

1992年に数理科学研究科が発足してから15年が過ぎようとしています。発足の3年後の95年に一期棟,98年に二期棟が完成して,前者で駒場地区に,後者で一つの建物に組織が集結することができました。一昨年には念願のセミナーハウスの開所,昨年は図書室の増築と,教育・研究環境が整備されました。国立大学法人化での中期計画の半ばに達し,数理のCOEは来年が最終年ということもあり,将来の方向性を落ち着いて考える時期に来ているのではないかと思います。

私自身は,法人化の直前に1年間総長補佐として週に10回を超える本郷での会議に出ることになったり,数理発足の前年には理学部数学科長にあたったり,などと東大の大きな節目(学園紛争も)に直面してきましたが,今後の数理を考えるとき,数理発足の際に目指していたことなどを再度思い起こしています。

 1990年の数学教室の名簿を見ると,理学部は教授9, 助教授5, 講師3, 助手12, 教養学部数学教室は教授11, 助教授14, 助手3 のほか基礎科に教授1, 助教授2, 助手2が数学の人員で(このうち現スタッフとして在籍しているのは22名),院生の在籍数は博士課程が46,修士課程が51でした。

 数学分野の多様化に対応して大学院生の教育・指導の質を高め強化するには,同一の場所に数学の教員が結集した組織が必要ではないか,などと以前から本郷地区と駒場地区との教員が話し合っていました。当時,数学の駒場地区の教員も理学系大学院に属して大学院教育にあたっていましたが,図書室は本郷の数学教室が充実しており,院生の多くは本郷地区にいて,その場合駒場地区の教員の指導を受けるには不便でした。

 1991年の4月に理学部の大学院重点化の方針が突如理学部教授会に出されました。この重点化には駒場地区の数学教員は加われず,以前から話し合っていた方向と逆に進むことになるので,急遽,数理科学研究科として独立する案として,その当時総長補佐を経験していた落合氏,岡本氏を中心に数学の教員の意志を結集したのでした。

 理学部も自身の大学院重点化でてんやわんやの状況のとき,当時の理学部長であった地学の久城育夫氏に我々の構想をおそるおそる持って行きました。特に疑問を挟むことなくそのまま受け入れていただいたのには驚きました。ただ,教授会を2回開催する時期的余裕はないので,教授会構成員全員に説明して了解してもらうように,ということでした。これは大変でしたが構成員それぞれの考えを直に聞くことができ,良い経験になりました。また、大事な場面で至急理学部長に連絡をとっても研究のため留守で会えなかったり,あるいは研究室で顕微鏡をのぞいて研究に打ち込んでるのを見て,我々はいらいらしたこともあったのですが,理学部の大事な転機にも研究を続けていらした久城氏に私は感銘しました。

 最大の難関は理学部と教養学部の教授会の承認を取ることで,「大事なことなので一回の教授会では決められない」となるとつぶれてしまう構想でした。理学部教授会では最初反対意見ばかりの発言が出ましたが,最終的に認められたのは,理学部の本来の良識が通ったのだと思っています。数理の発足後,いくつかの大学でも大学院重点化が進行し,数学教室が独立したところがありますが,各大学特有の事情で,様々な形態になりました。

 組織が大き過ぎるとうまく機能しないのではないか,と当時の物理の教員に心配されたことに気をつけながら,発足後に助手の数が極端に減ったこと(4月からは助教に移行),大学の変革が絶え間なく行われて多忙になったこと,など生じた問題をできるだけ解消する方策を考えなくてはいけないと思っています。

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人事ニュース

(※平成17年8月1日以降の異動一覧です。)

教員

☆転入
異動年月日 氏名 新職名 旧職名等
18.10. 1 Elmar Vogt 客員教授( H18.10.1 〜 19.4.30 ) ベルリン自由大学 教授
18.10. 1 Mikhail Isaac Tribelsky 特任教授( H18.10.1 〜 19.3.31 ) モスクワ工科大学 教授

☆昇任
発令年月日 氏名 新職名 旧職名等
19. 1. 1

寺杣 友秀

大学院数理科学研究科 教授 大学院数理科学研究科 助教授

職員

☆転出
異動年月日 氏名 新職名 旧職名等
18.11.10 工藤 久美子  退職 教養学部等総務課数理科学総務係
18.12.31 神ノ口 順子
退職
教養学部等総務課数理科学総務係
19. 2.28 坂口 博子 退職 教養学部等教務課数理科学教務係
 

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新任紹介(教員)

 Elmar Vogt  客員教授

Having arrived in Tokyo at the beginning of October, I have now been here for almost three months. I will return to Berlin , Germany , where I teach at the Freie Universitaet Berlin , by mid April of next year. Currently, I teach a weekly graduate course on Lusternik-Schnirelmann category for foliations, a subject that nicely mixes homotopy theory and differential-geometric topology.
As the subject of my course suggests, I was invited by Professor Tsuboi. I am really happy to have the opportunity to teach and do research at this famous university. I do enjoy the lively, enthusiastic atmosphere in Professor Tsuboi's research group very much, although, because of my lack of proficiency in Japanese, many of the verbal exchanges escape me.
Although I like Japanese very much, I find it difficult to store newly learned words or expressions effectively in memory. This is one point which limits me in grasping more of the Japanese culture, which I access mostly by refering to resources written in English.
In Japanese art and culture, but also in everyday life, I really enjoy and love the attention payed to make even the smallest detail perfect. You can see this expressed in Noh performances, but also in the preparation of for example sushi rice or looking at the gardens that people keep with so much love and effort. I hope that this tradition will not disappear.

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研究ニュース 

群von Neumann環の分類 (PDFファイル)
2006年度解析学賞受賞者 小澤 登高助教授


玉原セミナーハウス2006年度の活動 

 

 平成18年度玉原国際セミナーハウスの利用者数は延べ(宿泊料金を払った)1084人+進学生28人、合計1112人でした。昨年平成17年度の延べ891人+26人、合計917人よりも2割以上増加しました。本年度は、5月10日から10月27日まで利用され、利用した29グループのうち、学術セミナー、シンポジウムの利用は15グループでした。昨年度に引き続き、理学部数学科進学生のオリエンテーションを行い28人の参加がありました。    

 地域貢献活動として、群馬県立沼田高校の協力を得て「高校生のための現代数学講座」を7月22日、29日に行い、群馬県教育委員会と数理科学研究科共催で「高校生玉原数学セミナー」を9月16日−18日に2泊3日で行いました。「高校生のための現代数学講座」は、「多角形と多面体」をテーマに松本幸夫先生、森田茂之先生、古田幹雄先生、松尾厚先生、坪井俊を講師としておこなわれ、およそ60人の群馬県の高校生と6名の高校教員の参加がありました。「高校生玉原数学セミナー」は「複素数」をテーマに松本幸夫先生、桂利行先生、関口英子先生、坪井俊を講師として行われ、群馬県高校生数学コンテスト優秀者20人、引率教員3人、教育委員会担当者1人の参加があったほか、TAとして理学部数学科4年生4人および数理科学研究科修士1年1人が参加しました。これらの詳細については、ウェブページ http://tambara.ms.u-tokyo.ac.jp/ からのリンクをご覧く だ さい。数理科学研究科の数理ビデオアーカイブスのプロジェクトにより、これらの講義の様子はビデオ映像として発信されています。

  2005−2006年の冬は雪が深く、玉原国際セミナーハウスは開所のための工事に出かけた4月27日でもまだ雪の中に埋もれており、セミナーハウス周辺には、5月末まで雪が残っていました。セミナーハウス自体も、玄関の外側の柱が割れるなどのダメージを受けました。この補修および地下室の浸水防止工事を行いました。このような建物維持の一部を自力で行うことも考え、7月には、総務課長をはじめとする9名が、玉原国際セミナーハウスの建物の維持のためペンキ塗りをしました。本年度の運営面でのニュースとしては、昨年度よりも食事が大きく改善されたこと、セミナーハウスとセンターハウスの間の送迎をすることにしたことがあげられます。来年度は、総長が主導される堀場プロジェクトでの利用も期待されています。さらに多く利用され、数理の発展に寄与できることを願っています。

(坪井 俊 記)

・「高校生のための現代数学講座」の様子

  

・ 「高校生玉原数学セミナー」の様子

  

・玉原国際セミナーハウス ( 4 月 27 日撮影)   ・ ペンキ塗り ( 7 月 31 日)

       

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心に残る最高の先生 

 本学数理科学研究科にバングラデシュから留学されていました サルマ・ナスリンさんが、毎日新聞社と関東学院大学主催の第一回エッセイコンテスト「心に残る最高の先生」でグランプリを受賞されました(一般の部)。受賞式には来日できないナスリンさんに代わってバングラデシュ大使館書記官が出席されたとのことです。
  ナスリンさんは、東京大学大学院の院生として修士・博士 の 5 年 間 (1998.4-2003.3) 在籍され、 2003 年 3 月に博士号(数理科学)を取得した際には数理科学研究科の総代として東京大学総長から学位記を授与されています。その後、 JSPS の外国人長期客員研究員(PD)に採用され、さらに2年半東大と京大で研究を続けられた後、帰国され、現在、バングラデシュの Shahjalal 大学で教鞭をとられています。この春にダッカ大学に栄転されることになりました。

ある数学科の学生の物語ですが読んでみて下さいますか?

サルマ・ナスリン博士

1968 年に私の生まれた村モヒシュクールは、バングラディッシュの南東部、国内でも無名の僻地としかいいようがない、交通の便の悪いところだった。私の父は主に農業を営んでいたが、村ではみんなの医者のような役割も果たしていた。今日では状況は少しはましになっているとはいえ、私の村のような田舎ではどこでも、 20 年前だって、医師免許を持った医者など滅多にいなかったのである。当時、私の父は村で唯ひとりの医者らしいことができる人間として、村民の間で頼りにされていた。私の本名はサルマ・ナスリンというけれども、なぜか生まれてすぐにラッキーという呼び名がつけられ、私はこれまでずっと、ラッキーと呼ばれている。

 当時のバングラディッシュの田舎では、女性が高等教育を受けることなど本当に難しかった。私の兄たちは全員、大学や専門学校に通わせてもらえたけれども、私の姉たちは皆、小学校を終えたらすぐに結婚させられていた。私が小学校を終えたある日、当時まだ 13 歳の少女であったのに、私の父親は私の結婚相手として 30 歳の男性を家に連れてきた。驚いたことに、私の家族は、私の不安などおかまいなしに、その男性と私との結婚の儀式に必要な準備を全部はじめていて、私にはもはや断る余地などなかった。しかし幸運にも突然、私の長兄が家に帰ってきて、その結婚をとりやめにしてくれた。

 そのとき以来、父にかわって、私の兄たちが、私がダッカ大学数学科を卒業するまでの経済的な面倒を見てくれた。そして私はその大学で未来の夫とも知り合えた。

1997 年の夏の夕方、私より半年先に日本に留学していた夫は、東大の数学科の建物の前に立ち尽くしていた。それまでに夫は、自分の通う大学の先生はもちろん、いろんな先生に私を日本に留学させてもらえないか頼みまくり、どこからも断られていた。意を決して最高学府にまでやってきた夫は、その建物から、誰でもいいから話をきいてくれる人が現れるのを辛抱づよく待っていた。すると学生が二人でてきたので、夫はすばやくその二人に駆け寄った。相手は英語が話せず、夫は日本語を知らなかった。しかしながら、どうやったのか夫は、代数学の教授に会いたいと伝えるのに成功し、中まで案内してもらって、教授たちの研究室を片っ端からノックをはじめたが、あいにく不在ばかりだった。そこで今度は数学科の事務室へ連れていってもらい、そこにいた男性に声をかけた。その人はピンク色のシャツを着た若い男性で、大学 4 年生あたりか、その事務室の新米スタッフのように思われた。夫はおとなしく 待っていた。しばらくすると若い男性が笑顔で夫の方を向き、英語で「どんなご用件ですか?」と話しかけてくれた。私の夫は、数学科の先生に会いたい旨を伝えた。するとなんとその若い男性が「オーケー。私でよかったらお話ください」といったので、私の夫は驚き、「あなたが先生?」と尋ねた。彼は「はい。小林俊行と申します。」と答えた。夫はそのとき、自分はからかわれているんじゃないかと思って心配になり、体が震えてきてしまったそうである。しかし私の夫はなんとか落ち着きはらって、小林先生に自己紹介をし、何のために東大に来たかを告げた。すると先生は、当然のように然るべき手続きをはじめられ、私を東大の修士課程に留学できるようにしてくださったのである。

 疑いようもなく小林先生は数学の優れた教授である。ハーバード大学やパリ大学など、あちこちに客員教授として招聘されて日本と海外をいったりきたりされるので、私もずっとそばにいて教えを受けられたわけではない。研究においてだけでなく、指導力も卓越しておられた。講義中の小林先生は、たとえば問題の解き方にしても、説明にしても、数学の問題を出すのでも、それこそ何をやっても素晴らしくて、その素晴らしさがまた、ほかのどの教授とも似ていなかった。小林先生は、心底学生を信じていてくださっていた。先生の異常なまでの忍耐づよさと、学生に対する海のような懐の深さを私は決して忘れないと思う。先生はどんな学生のためにも、その学生が必要なだけ時間をさくようにされ、学生が数学の問題に悩んでいると、解けるまで一緒に考えてくださった。私は先生が学生にプレッシャーを与えたり、自分の大学院生に問題を解くよう強制したりするのを見たことがない。先生は学生にいつもこうおっしゃった。「数学の問題を解くためには「ゆっくり」「しっかりと」「おちついて」が大事です。」と。そして「数学の問題を解いたり、考えるのに決して急いではいけない」とも。先生の教えはシンプルそのものだけれど、私には普遍的なことに思われた。数学のほかにも先生から学んだことはたくさんある。時がすぎたら、私の記憶の中の先生の姿も薄れることがあるのかもしれない。しかし私の心の中にいつも輝いている先生の言葉がある。それは「正直なのが一番」。研究生活でも私生活でも常に実践するように、先生が私に授けてくださった言葉である。

 私の博士課程がおわりに近づくころ、来日したときには 10 ヶ月だった娘も 6 歳になっていた。娘が心の中で実際どう思っていたかは私にはわからないけれども、どうしたら母親の私が気持ちよく勉強できるのか、気にしていてくれているように思われた。ほんの幼少期の頃の彼女の思いやりに私たち夫婦は何度も驚かされた。私が博士論文を書いていて、まる一月以上もの間、連日死ぬほど忙しかったとき、娘は毎日夕方になると紙にこう書いて貼ってくれたのだ。「がんばって、ママ!」と。

 博士論文を書き終え、 3 月 28 日に晴れがましく迎えた式典で、私は学科の総代として総長からうやうやしく学位証書を授けられた。胸がいっぱいになって目を閉じると、ずっと私を支えてきてくれた夫と娘と小林先生の顔が浮かんだ。

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来日以来ずっとナスリンさんがお世話になっていた国際交流室の中村章子さんより以下のメッセージを頂きました。

 

 数理初のバングラデシュ人留学生ナスリン・サルマさんの留学への意欲は並々ならぬものがありました。言葉や経済的問題を含む多くの困難がありながら正規修業年限内で博士 号を取得できたのも、母国のためという強い意志があったからでしょう。ハードな勉強も慣れない異国での子育ても、彼女にとってはすべてが喜びであるかのようでした。乳飲み子だった彼女の長女は、日本を離れる頃には小学生になり妹もできました。ナスリンさんはバングラデシュの子供達の未来のために仕事を始めたばかりです。彼女に続く留学生が数理から輩出されることを祈ります。

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数理トピックス

●平成 18 年 7 月 21 日(金)に夏の懇親会が開催され、多くの学生、教職員が参加し恒例のすいか割りで盛り上がりました。

  

平成 18 年 8 月 2 日(水)駒場地区オープンキャンパスが開催されました。
  数理科学研究科にも多くの高校生が訪れました。数理研究科棟の見学に始まり、懇談会、模擬講義に参加しました。

 

平成 18 年度 大学院数理科学研究科修士課程入学試験が、平成 18 年 8 月 28 日・ 29 日 (筆記試験)、 8 月 31 日・ 9 月 1 日(口述試験)の日程で実施されました。

    志願者 :121名(内本学出身者35名、他大学出身者86名)
    合格者 : 41名(内本学出身者25名、他大学出身者16名)

●平成 18 年 9 月 29 日(金)  9 月 29 日付け修了者学位記伝達式が行われました。
 博士課程修了  1 名(留学生)

 

●平成 18 年 11 月 18 日(土)  2006年度 数学公開講座( 21 世紀 COE プログラム「科学技術への数学新展開拠点」)が大講義室にて開催されました。

 

●平成 18 年 12 月 6 日(水)教職員・学生が参加して環境整備が行われました。
 矢内原公園の大量の落葉に奮闘しました。

平成 19 年 1 月 23 日(火)  コモンルームにて第14回数理科学研究科留学生交歓会が開催されました。
中国・復旦大学の Li Daqin 先生による乾杯の音頭の後、和やかに食事歓談がすすむなか、留学生ひとりひとりが日本語でスピーチを行いました。今回は、日本の企業に就職した元留学生数名も仕事を終えた足で駆けつけてくれました。彼らのスピーチは実に堂々として頼もしく、若い学生との違いを感じさせてくれました。外国人留学生や研究員と交流を深めお互いを知り合う年一度の機会ですので、これからも一人でも多くの方に参加していただきたいと思います。 (国際交流室 中村)

<賞>

吉田朋広教授が日本数学会 2006 年度解析学賞を受賞しました。
業績題目 : 確率過程に対する漸近展開理論、統計推測理論の研究とその応用
(次号の研究ニュースに掲載予定です。)

小澤登高助教授が日本数学会 2006 年度解析学賞を受賞しました。
業績題目 : II_1- 型因子環の構造解析
離散群の函数解析的な取り扱い、特に、近年著しい発展を遂げている幾何学的群論の作用素環への応用に興味を持って研究しています。

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編集後記

 昨年は数理ホームページ(日本語版)の更新を行いました.麻生助手による『セミナー情報』データベースはご好評を頂いております.現在,広報委員会では英語版の更新を検討しています.また,各ページの更新時期をまとめたカレンダーの作成も進めています.情報提供等,さらなるご支援をいただけますと幸いです.(吉田)

 今回も多くの原稿、お写真を提供していただきありがとうございました。数理ニュースに掲載したいと言う記事がありましたら数理ニュース編集局までご連絡ください。(池田)

広報委員会
委員長 吉田 朋広
数理ニュース編集局 池田 千陽

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